末期の医療を辞退するということで、入院前にその旨を明記して病院に提出すれば、病院は無理な治療はしないということになっているが、本人はともかく、家族は少しでも生きていることを希望することも多い。
この極端なケースが「脳死」のときだろう。
脳死は再び意識が戻ることはないが、首から下は機器につながれて“生きて”いる。
ときには何年もこの状態で“生き続ける”こともある。
この状態をはたして「生きている」ということができるのかどうかも議論の対象になっているが、同時に、医療費もかかる。
このあたりは、国民もよく考えてみるべきだと思う。
私たちは医療費を減らすというと、薬剤費を削減するとか、臨床検査の一括請求とか、一部医療のリスト負担をふやすとか、平均在院日数の短縮とかいったことを考える。
たしかにこういった施策は医療費を減らすことに効果があるのは事実である。
しかし、こういったことだけが医療費削減の方策なのではない。
ほかにも手法のちがったことで効果のある方法もある。
薬代を削減する、平均在院日数の短縮といったものを、寓話にある北風だとすれば、ホカホカと太陽が照らすことによってオーバーを脱がせるといった方法もある。
とかく、こちらのほうは人の目に触れないし、迫力がないということもある。
たとえば、市町村保健センターというものがある。
市町村に付設されているもので、地域の住民の健診をしたり、健康相談に乗ってくれる施設である。
現在、市町村保健センターを持っている市町村は全国三二〇〇市町村のうち、二一〇〇市町村ぐらい。
この保健センターと同類のものを持っている市町村が約八〇〇市町村。
保健センターがまったくない市町村が約二一○○ぐらいある。
この市町村保健センターを早くから設置している市町村の医療費は安いことがわかった。
この調査は、国民健康保険中央会が一九九五年度に行なったもので、たまたま私か座長をしている研究だったので印象に残っている。
市町村保健センターをつくってまじめに保健・医療・福祉と取り組んでいる市町村の医療費が安いということは特筆に値するのではないかと思う。
社会保障というと、多くの人々は医療保障を頭のなかにえがく。
たしかに、人間にとって病気というのは厄介なもので、その印象が強いので、誰しも社会保障といえば、健康保険のことを考えるのは無理もないことである。
しかし、ほんとうは、もっと年金のことをきっちりと考えなくてはならない。
それも、年金がいくら出るのかということではなく、社会保障のなかで、年金の位置づけをしっかりと把握しなければならない。
非常に極端なことをいえば、年金を十二分に支給すれば、老人の場合、健康保険がなくてもやっていけるという理屈になる。
とてもそんなに年金を出せるわけのものではないが、年金を年金としてだけで考える時代は去ったともいえる。
社会保障のなかでの年金という考え方をせざるを得なくなっている。
一九九六年度予算の医療費、年金、福祉の内訳は次ページのとおりである。
政府予算で見る限り、医療費は六兆四〇〇〇億円にたいして年金は四兆一〇〇〇億円である。
しかし、高齢化が進んで老人の数がふえ、さらに平均寿命が延びれば延びるほど年金の総額もふえ、日本のように年金に国庫負担を支出している国は、当然のこととして、国の予算額もふえる。
先進国の多くは、年金への国庫負担の支出をやめる方向にあり、スウェーデンでも一九九四年の改正で国庫負担を廃止している。
日本の年金はかなり高額である。
先進国でも最高に近い。
これがいつまで続くかはともかくとしても、基本的には、受給世代の給付と現役世代の負担との適正なバランスが保たれなければならない。
年金を手厚くすれば、若い世代から「なぜ、こんなに老人のために払わなければならないのか」という不満がでて、老若戦争を引き起こすことになりかねない。
それだけに年金の額の決定は慎重でなげればならない。
とくに重要なことは、年金を社会保障全体の視野のなかで見るということである。
十分な年金が出ているということは老後の所得を保障していることになるわけである。
たとえば、ドイツやフランスでは、ナーシングホームに入所している老人の年金は、ナーシングホームの所長が預かることになっている。
ホームで必要な経費はこの預かった年金のなかから支出し、残りを本人に渡している。
つまり、年金というのは、支給されただけ全部使えばいいわけで、日本のように年金を貯金して子孫に残そうというのは誤りである。
いま、国会で審議されている「介護保険法案」では、介護保険の掛け金は年金から天引きすることになっているが、当然の処置だといえよう。
医療のこういった点からみても、年金は社会保障の中核ともいえる。
健康保険は病気にならない限り使わないが、年金は老後、生きていく以上、使わないわけにはいかない。
ここのところがちがうわけだが、社会保障の優先順位という角度からみると、年金がまず必要という考え方になるだろう。
政府予算ではなく、実際に必要な経費をみると、年金と医療費は、このところ同額に近い水準となっている。
さきにも説明したように、日本の年金水準は先進国中でもトップレベルに近い。
それは結構なことではあるが、はたして、このまま高水準を維持できるのだろうか。
答えは「ノー」のようである。
一九九四年に年金を六五歳からの支給(これまでは六〇歳から支給)にした。
このとき厚生省は「最後の大改革」といったが、とてもそういうふうにはなっていない。
そもそも人口動態に基づく予測がまちがっており、出生率は予測を下回った。
また予定利率を五・五パーセントとしているが、これもとても無理で、収入見込みが大きく狂っている。
これは、厚生省の懇談会の行なった「福祉ビジョン」が、今世紀中に年率五パーセントの経済成長率を見込んだ誤りと同種の誤りである。
また、年金は物価スライドをしなければならないのに、物価が下がった一九九六年も据え置いている。
一九九九年には計算をしなおすだろうが、当然、予定利率を見なおさればならない。
いずれにしても一九五五年以降に生まれた人たちは割りを食う。
賦課式年金と積立式年金賦課方式(現役の勤労世代が年金受給者を支える現状の仕組み)というのは基本的に問題があるとする意見が多い。
なかには、いまの年金制度の最大の欠点だという人もいる。
一九六一年の国民皆年金のときに積み立て方式(現役時代に本人が支払った年金を退職後に受け取る仕組み)にするチャンスがあった。
このときは与党が反対してできなかった。
一九七三年当時に積み立て方式にした場合でも、年金の掛け金として給与の一五パーセントを払うだけでできた。
そのさいも与党は「いま必要な支払い額が三パーセントなら、それだけでいい」という考え方で、厚生省はこの意向を受けて、修正積み立て方式にし、昭和五〇年代に修正賦課方式にした。
場当り主義だと批判されている。
医療保険は短期で決算が出るが、年金はジワジワ効いてくる。
三〇年後には地獄になるだろう。
そのときには支給金額を下げる以外に方法がなくなる。
私たちは、年金を考える場合、とかく金額だけで考える。
とくに外国との比較のさい、各国の医療の年金額だけで比較する。
そういう比較をすると、日本の年金額はかなり高い。
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